自分探しブーム?今、ドイツで売れている本『世界の端のカフェ』

異文化

最近、ドイツで「自分探し」や「生きがい」といったテーマが注目を集めているようだ。先日偶然立ち寄った本屋で手に取ったのが、アメリカの哲学者ジョン・ストレレッキー(John Strelecky)による『世界の端のカフェ』という一冊だった。今、この本はドイツでノンフィクションのベストセラー第2位にランクインしており、第1位は日本の『Ikigai(生きがい)』である。

本屋という場所には、その国の人々が今何を考えているのか、どんな悩みを抱えているのかが反映される。今回はこの本の概要と、なぜ今ドイツで「自分探し」が求められているのかを考えてみたい。

『世界の端のカフェ』のあらすじと問いかけ

ジョンは広告会社に勤め、多忙を極めるビジネスマン。休暇を利用してドライブに出かけた彼は、道に迷って森の中の不思議なカフェにたどり着く。メニューには3つの問いが書かれていた。

  • あなたはなぜここにいるのか?
  • 死を恐れているか?
  • 充実した人生を送っているか?

カフェの店員であるケイシーやマイク、そのパートナーのアンとの会話を通じて、ジョンは自分の人生について真剣に向き合い始める。自分は本当にやりたいことをしているのか、ただ日々を過ごしているだけなのか。自分のやりたいことを見つけても、本当にそれを日々実現している人は驚くほど少ない。なぜ、多くの人は、自分を充実させないことに多くの時間を費やすのか

この本を読みながら、特に印象に残ったのは、「本当にやりたいことをしていれば、ストレス解消のために消費に走る必要も、エネルギーを補うために休養をとる必要もない」という部分だった。確かに、多くの広告は「この商品・サービスを買えば幸せになれる」というメッセージを発しているが、本当にそれらは自分に必要なことなのか。日々のストレスの相殺として、大量の物を購入し、稼いだお金を消費し、ふと、「何のために自分はここに存在しているのか?何のために生きているのか?」と考えることになる

緑のウミガメの話

もう一つ、特に印象に残ったのは「緑のウミガメ」の話。また、作中で語られる「緑のウミガメ」のエピソードも象徴的である。ウミガメが速く泳げる理由は、潮の流れ(追い潮)を利用しているからであり、人生においても同様に、自分のやりたいことにエネルギーを注ぐと“追い風”が吹き、自然と前に進める。逆に、本意でないことに時間を費やすと、“向かい風”の中を進むように疲弊してしまう。

理想論として「好きなことを仕事にする」ことは魅力的だが、現実には生活とのバランスを取る必要がある。そこで提案されるのが、「1日1〜2時間でも、自分のための時間を確保する」という実践的な方法である。

  • 自分の興味・関心に向き合う時間を毎日作る
  • 不要な消費行動を見直し、本質的な欲求を探る
  • 小さな行動から、徐々に理想の生活へシフトしていく

自己実現に向けて行動をしたいと思う人にはオススメの本である。

なぜ、ドイツで『自分探し』関連書籍が売れているのか?

日本では、ドイツ人の余暇と仕事のバランスを取った働き方が評価され、それらに関連する書籍も多く書店で見られる。てっきり、多くのドイツ人は人生に満足しているのだろうと思いきや、そうでもないようだ。

ドイツでは、一般的に仕事を人生の中心とは捉えず、「お金を稼ぐための手段」として位置づけている傾向が強い。そのため、仕事に生きがいややりがいを見出す文化は、日本と比べると希薄である。

現実には1日の大半を仕事に費やしており、しかもその仕事が心を動かすものではないとすれば、精神的な消耗は避けられない。実際にドイツでは以下のような社会問題が顕在化している。

  • 燃え尽き症候群(バーンアウト)の増加
  • 長期休暇後も仕事に戻れず病欠を繰り返す労働者の存在
  • ミッドライフクライシスに陥る中高年層の増加
ナマケモノ
ナマケモノ

昔勤めていたドイツの職場で、3週間休暇を取った後に2週間病欠、職務復帰した後にも頻繁に病欠で出勤しないと人がいて、果たしてそこまでして職場に留まる意味って何なんだろう?と思ったことがありました。

3週間休暇が取れるのは良いと思うが、逆に言うと3週間休暇を取らないとリフレッシュできない環境にあるとも言えるだろう。1日24時間、睡眠時間を8時間とすると、労働時間8時間を差し引いた残りはたったの8時間である。

実際にはこの中から家事や日常の雑事に追われ、本当に自分のやりたいことをできる時間は1日数時間である。好きなことを仕事にしている場合は問題ないが、さほど関心もなく、心が躍るわけでもない仕事をしている場合、地獄である。

こうした背景から、「自分の時間をいかに確保し、自分の人生をどう生きるか」という問いが、多くの人にとって切実な課題となっている。現在のドイツのベストセラーランキング上位には、『生きがい』に加えて、資産運用で財政的自由を手にしようという趣旨の本も並んでいた。

結論:自己実現はドイツだけでなく、日本でも共通の課題

今、ドイツで「自分探し」がブームになっている背景には、仕事中心社会の限界と、新しい生き方への模索がある。これはドイツに限らず、日本を含む多くの先進国に共通する課題である。

人生100年時代において、「自分はなぜここにいるのか?」という問いに向き合うことは、贅沢ではなく必要条件である。『世界の端のカフェ』は、その問いに気づかせ、行動を促すきっかけとなる書であると感じた。