ドイツでは秋が深まり、街路樹の紅葉がいっそう鮮やかになってきた。秋といえば食欲の秋である。市場にはカボチャ、栗、イチジク、りんごなど、秋の実りが所狭しと並び、見ているだけで楽しい季節だ。

読書の秋、スポーツの秋、と色々ありますが、私にとっては食欲の秋!🍂ドイツの街並みも紅葉で綺麗なので、秋はおすすめの季節。
そんな折、夫が Volkshochschule(フォルクスホーホシューレ) で豚肉の解体コースに参加することになった。なぜそんなコースを?というツッコミはさておき、なかなか興味深い体験であったようなので、ここに紹介しておきたい。
Volkshochschuleとは
ドイツには「Volkshochschule(VHS)」という市民講座のような施設が存在する。語学や料理、ヨガ、絵画など、幅広い分野の講座を手頃な価格で受講できるのが特徴である。私もこれまでに語学、料理、絵画などの講座を受講してきたが、どれも内容が充実しており満足度が高かった。
ある日、夫とともに新しい料理教室を探していたとき、偶然目に入ったのが「豚肉の解体体験コース」であった。ミュンヘン市内の食肉加工施設で開催されるという。夫はすぐに申し込みを済ませ、参加を心待ちにしていた。
私はといえば、お肉は食べられれば満足というタイプであり、豚肉自体もそれほど好物ではないため、今回は見送ることにした。「どんな体験になるのか楽しみだな」と子供のように浮き立つ夫。まさか想像を超える一日になるとは、この時は知る由もなかった。
当日の様子
コースは朝10時集合であった。事前にVHSへ問い合わせたところ、「当日は豚半頭分(約30キロ)の肉を持ち帰ることになるため、車で来るように」との注意があった。問い合わせをしておいて本当に正解であった。というのも、VHSと施設側の連携があまり密ではなかったらしく、公共交通機関や自転車で来た参加者もいたそうである。30キロの豚肉を担いで自転車で帰るのは、さすがに過酷である。
参加者は10名弱。興味深いのは、全員が生物学や医学関係のバックグラウンドを持っていたという点である。夫は分子生物学の研究者だが、同じ分野の研究者が数名、看護師が2名、スイスの製薬会社ロッシェの研究者が2名、そして医師が1名。ニッチなコースではあるが、理系の特定分野には確かな需要があるようだ。

講師のバイエルン訛りの説明に従いながら、受講生たちは豚を部位ごとに解体し、袋詰めしていく。開始は10時、終了はなんと18時。休憩時間はわずか5分のみであったという。初心者にとって、骨の位置や包丁の入れ方を理解するのは容易ではなく、どうしても時間がかかる。施設の従業員はこの作業を一頭あたり20分で終わらせるらしい。しかも、それを一日に何度も繰り返すというのだから驚異的である。
夫は体格にも恵まれ力もある方だが、それでも8時間の作業でぐったりしていた。日々その作業をこなす人々がいるからこそ、私たちの食卓が成り立っているのだと実感したという。
食肉業界の現実
数年前、ドイツの大手食肉加工会社テンニース(Tönnies)が、最低賃金以下の賃金や長時間労働を強いていたことが問題になった。多くの労働者は東欧からの出稼ぎ労働者であり、報道によれば正規の労働契約すら結ばれていなかった者も多かったという。
1日8時間でも過酷な作業を、12〜16時間も休憩なしで続けるなど、想像するだけで気が遠くなる。この事件以降、大量屠殺を行う大企業の肉を避けたり、肉の消費量自体を減らしたりする消費者が増えた。我が家でも、もともと地元農家やオーガニックスーパーで肉を購入していたが、夫の体験を経て、その意識はいっそう強まった。
ちなみに、他州では豚の飼育期間がおおむね4ヶ月程度であるのに対し、バイエルン州では屠殺までに最長9ヶ月をかけるという。より長く飼育される分、肉質にも違いが出るのかもしれない。
臭みのない肉
さて、夫が持ち帰った30キロの豚肉である。まず驚いたのは、その肉にまったく臭みがなかったことである。私がドイツで豚肉をあまり食べなくなった理由は、まさにその臭みであった。日本の豚肉は甘く柔らかく、香りも良い。一方ドイツのものは獣臭が強く、ハーブを使ってもなかなか匂いが消えない。
しかし、屠殺されたばかりの肉は美しいピンク色をしており、柔らかい。バラ肉は角煮に、肩肉は紅茶豚にしたが、どれも驚くほど美味であった。


さすがに二人で30キロを消費するのは無理があり、職場の同僚や友人、近所の人に分けたところ、大変喜ばれたという。
おそらく、スーパーに並ぶ肉の多くは流通段階で鮮度が落ちているのだろう。日本は生食文化があるため、輸送や冷蔵管理が徹底されているが、ドイツではそのあたりがやや緩いのかもしれない。
ともあれ、大満足の豚肉解体コースであった。残りの肉は小分けにして冷凍庫に保存してある。もはや冷凍庫の中は豚肉一色であるが、冬になればグラーシュ(煮込み料理)や角煮など、寒い季節にふさわしい料理を楽しむつもりだ。
後日談
後日、義母と電話で話した際、この豚肉解体コースの話をしたところ、「私たち(義母と義父)も若い頃、牛の解体コースに参加したのよ」と笑っていた。
この親にしてこの子あり――とはまさにこのことだと思った。
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