最近、「これからの将来、どこで、どう暮らすか」というテーマで、いろいろ考えることが増えた。ドイツにこのまま住み続けるのか、日本に帰るのか、はたまた第三国に移住するのか。外側の環境を変えることと、自分の内側に静けさを見つけること。その両方について、少し書いてみたい。
小屋暮らしが流行っている?
この間ネットで調べものをしていたとき、デンマークで小屋暮らしをしている人の記事を見つけた。
小屋といっても、北欧風の素敵な木組みの家で、こぢんまりしつつも居心地が良さそうな家だ。さらに日本でも、小屋暮らしをする若者が増えているというYouTube動画を目にした。
小屋暮らしをしている人たちに共通しているのは、社会の常識や期待に応えることに疲れ、自分の価値観で生きるために、小屋暮らしという選択をしている点だと思う。その思いを実際の行動に移せているところがすごいなあと感じる。

森の中で暮らせるようになれば、サバンナでも熱帯雨林でも、世界中どこでも生きていける気がする。そういう意味で、小屋暮らしはサバイバル能力も鍛えられそうだ。
一方で私はというと、電気や水といったライフラインは絶対に捨てられないし、映画やお芝居、音楽といった文化施設も必要なタイプなので、森の中では多分暮らせない。それに、美味しいものも毎日食べたい(ここ重要!)し、虫も嫌いだ。

こうして書いてみると、自分がいかに都会の便利な暮らしに慣れてしまい、サバイバル能力が今ひとつであることがよく分かる。だからこそ、最低限のもので軽やかに暮らしている小屋暮らしの人たちを見ると、自分にはない「強さ」と「自由さ」を感じて、少し憧れてしまうのだ。
静けさを得るために必要なこと
でもだからといって、「静けさを得るためには人里離れた場所に行かなければならないのか」と言われると、そうでもないように思う。
もちろん、自然と触れ合うことで心が落ち着くことはある。ただ、雑音のない世界を築こうとしても、頭の中にはいつも何かしらの雑音がある。雑音そのものを消そうとするのではなく、呼吸や座っている感覚に意識を向けるのが、瞑想の基本らしい。
どれだけ場所を変えても集中できない人と、どこにいても集中できる人の違いは、きっとそこにある。要は、自分自身の中に静けさを実現できるかどうかが重要であり、「どこにいるか」は実は二の次なのだ。つまり、山奥で静けさを求めて瞑想しても、雑念にかき消されることだって十分あり得る。
ドイツにおけるアナーキスト
小屋暮らしがドイツでどれくらい流行っているのかは正直よく分からない。でも、少し似たようなものとして、アナーキスト(無政府主義者)たちの居住地がある。
もともとは東西分裂の時代、西ベルリンで体制への抵抗や自由な精神の中心地として、左派の人々が集まっていたのがはじまりだと言われている。ベルリンには今でも、権力や抑圧に抵抗する思想を持つ人々が、自治区のような一角を作り、水も電気もない場所で暮らしていたりする。
私たちがベルリンのパンコウ地区の近くに住んでいた頃、自宅の近くの森(雑木林)の周辺に、畑を耕し、動物を飼いながら暮らしている人たちがいた。たまに裸足でロバと一緒に散歩していて、最初に見かけたときはかなりギョッとしたのを覚えている。

ドイツでは、真夏になるとなぜか街中でも裸足で歩いている人をときどき見かける。やはりこれも、何らかの形で「自由」への渇望なのだろうか…。上半身裸で歩いている女性もベルリンではたまに見かける。ドイツは十分自由な国だと思うのだが、それでも既存のルールから離れたいという欲求は消えないのかもしれない。
小屋暮らしの人たちも、ドイツのアナーキストたちも、形は違っても「社会の枠から少し離れて、自分の価値観で生きようとしている」という点では、どこか共通している気がする。
ちなみに、今住んでいるミュンヘンはわりと保守的な街なので、いかにもアナーキストというような人には未だかつて出会ったことがない(もしかすると、目に見えないところに「隠れアナーキスト」はいるのかもしれないが)。
ヨガと「内側の静けさ」
私にとっての「癒しの場」は、ミュンヘンで見つけたヨガ教室。もともとは運動不足解消のために通い始めたのだが、思いのほか精神面に効くことが分かった。
先生はインドでも修行経験のあるベテランの先生。68年世代と呼ばれる世代にあたり、学生運動にも参加していたらしいので、左寄りの人だ(とはいえ別に過激な人ではなく、日常的にはとても穏やかでまともな人)。
ヨガ以外で接点を持つことはないので、私の生活に直接的な影響があるわけではないが、クラスの合間にふとこぼれる言葉の端々に、左派っぽさや自由への感覚がにじみ出ていて、聞いていてなかなか面白い。
以前の私は、嫌なことがあるとお腹を空かせた怪獣のごとく怒っていたのだが、ヨガを続けるうちに、少しずつ感情をコントロールできるようになってきた。週一回のレッスンに加え、瞑想のクラスも定期的に開かれている。
最初の頃は、何時間も沈黙して瞑想するのが難しく、居眠りしてしまうこともしばしばあった。それでも続けていくうちに、少しずつ頭の中が空っぽになる感覚が分かってきて、それが意外なほど快適で心地よいことに気づいた。
元々内向的な性格だし、騒がしいところや人混みの中で長時間過ごすと疲れてしまうタイプ。私にとって、静かに内面に回帰できるスペースを作ることは、日常の生活において超重要なのだ。
自分にとっての「小屋」とは
人によっては、自分自身を見つめ直すためにヒマラヤに行ったり、世界一周の旅に出たりする。それも一つの方法だと思うし、そういうやり方がしっくりくる人は、きっと旅に出たほうがいいのだろう。

でも、そこまで大胆なことをしなくても、自分自身に集中する方法はたくさんあるし、何なら自宅でも十分効果はあるのだと思う。時間とお金と労力を最小限に留めたい人は、まずは「今ある環境」で精神を鍛えてみるのも、一つの選択肢だ。
私にとっての「小屋暮らし」は、森の中ではなく、自宅やヨガ教室の片隅で、静かに目を閉じて座っているあの時間なのかもしれない。外の世界がどれだけざわざわしていても、自分の内側に少しだけ広い空間と静けさを持てるなら、その場所はきっと「小屋」と同じくらい、安心して住める場所になるのだと思う。
皆さんはどうやって日々の暮らしに静けさを取り入れてますか?
ドイツ情報ブログ⇩バナーをクリックして応援していただけると嬉しいです!




